実際に見聞きしたことを中心に韓国のウンチク情報を紹介しています。妻が韓国人ならではのディープなネタもあります。


次大王は諱を遂成といい、大祖大王の同母弟である。
勇敢で威厳があったが、慈悲の心が足りなかった。
大祖大王から禅譲されて即位した。
そのとき76歳であった。

2年(147年)春2月、王は貫那部の沛者である弥儒を左大臣に昇進させた。

2年(147年)春3月、右大臣の高福章が誅殺された。
高福章は死ぬ間際に嘆息して言った。
「無実の罪を着せられるのは、我ながら痛ましいことだ。
当時の私は先王の側近で、反乱を企てている賊臣を見て黙っていることなどできましょうか。
先王がわたしの進言を受け入れてくださらなかったため、このようなことになってしまいました。
いま大王が即位されたのですから、新しい政策を万民に示し、不義の家臣をひとり処刑されるのがよろしいでしょう。
私は道理がまかり通らない不幸な時代を生きてしまいました。
早く殺してください」
そして、すぐに処刑された。
この話を聞いた高句麗人はみな憤慨し、高福章の死を悼まない者はなかった。

2年(147年)秋7月、左大臣の穆度婁が病気を理由に辞任したので、桓那部の于台の菸支留を左大臣に昇進させ、大主慕(10等中第5の官位)を追位した。
2年(147年)冬10月、沸流那部の陽神を中畏大夫(宰相に次ぐ重職)に昇進させ、于台の爵位を与えた。
これらの人物は、みな王の旧臣であった。

3年(148年)夏4月、王は人に命じて、大祖大王の嫡男である莫勤を殺させた。
弟の莫徳は、自分に災いが及ぶのを恐れて縊死した。

3年(148年)秋7月、王は平儒原(地名)で田猟を行った。
白い狐がついて来て鳴くので、弓で射ったがあたらなかった。
そこで巫師に尋ねた。
巫師は答えて言った。
「狐は妖獣であって、吉祥を表しません。
とくに白は、不吉極まりない証し。
天は自らの考えを直接語ることができません。
そのため、白狐という妖怪を出現させ、王に悔い改めるよう促しているのでしょう。
王がこれから徳を修めれば、禍転じて福となすこと間違いございません」
「凶ならば凶となり、吉ならば吉となるもの。
そちは、怪しいと言っておきながら、福になるとも言う。
朕を馬鹿にしておるのか」
こう言って、王は巫師を殺してしまった。

20年(165年)春3月、大祖大王が離宮で薨去した。
このとき、119歳だった。
椽那部の皀衣の明臨答夫は、国民は王の暴政にこれ以上耐えることができないと判断し、王を謀殺した。

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